「名将と言われた監督」も、「一国を率いる総理」も、都合の悪い事実から逃げ回る醜悪な姿は、「衷心からの謝罪」をするために、マスコミの前で素顔を晒した青年の、その足元にも及ばないクズそのものである。

今日は、日大アメフト悪質タックル事件で直接の加害者とされた部員が、なんと顔出し、実名出しで記者会見していたのに驚いた。「衷心からの謝罪」という真摯な態度が、何よりもそこにあらわれていると感じた。

ついこの間まで未成年だった、将来ある青年だ。
名前と顔を晒すだけで、この先、どんな不利益を蒙るのかわからないというのに。

翻って、この青年をここまでに追い込んだ「大人」たちの卑劣さに、身が震えるほどの怒りを覚える。
「指導者」であったはずの彼らが、保身のために、この青年に自分らの「刑事的責任」を負わせようとしているフシがあるからだ。

人間の振る舞いとして、どちらが上であるか、それは、言うまでもないだろう。

件(くだん)の「監督」は、「自分が(監督を辞めるという形で)責任をとる」ということを以て、自らの「疑惑」を払拭しようとした。不快なのは、いかにもそれが「潔い」かのようにアピールするような表情を示していたことだ。

しっかりと、大学での要職を継続するようだが、それが、どんな「責任をとった」ことになるというのか。

そんな監督の姿は、我が国の首相の有り様を彷彿とさせる。

首相という職の威力をふるって、「親友」に便宜をはかるために深く関与したことの証拠が、次から次へと現れてもすべてとぼけまくる。過去に国会で嘘をついたことが明らかになっても、なんのかんのと言い逃れをはかる。

「名将と言われた監督」も、「一国を率いる総理」も、都合の悪い事実から逃げ回る醜悪な姿は、「衷心からの謝罪」をするために、マスコミの前で素顔を晒した青年の、その足元にも及ばないクズそのものである。

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